東京地方裁判所 平成6年(ワ)19802号 判決 1998年7月13日
主文
一 原告らの各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
(甲事件)
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告は、原告阪和に対し、金二三億一六〇三万二三一五円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
(予備的請求)
1 被告は、原告阪和に対し、金一三億〇〇七六万四七九九円及び内金四億五七九一万四九四九円に対する平成五年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告阪和の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告阪和の負担とする。
三 請求原因
1 被告第一事業法人部次長の半田洽(以下「半田」という。)は、昭和六〇年五月二四日、原告阪和の取締役経理都長犬塚博士(以下「犬塚」という。)及び経理部経理課課員の皆川公一(以下「皆川」という。)に対し、ユーロドル市場での社債発行の実績拡大という被告自身の利益及び投資顧問契約の業績作りという被告関連会社の利益のため、<1>被告が副幹事となって原告阪和が社債を発行すること、<2>そこで得た資金及び原告の独自に調達した資金を被告及びその投資顧問会社で特定金銭信託の運用を行うことを提案し、協力を求めた。
原告阪和は、当事、自己資本比率の向上を企図しており、また、転換社債やワラント債の方が普通社債よりも利率が低いことから、転換社債やワラント債による資金調達方法を採用していたが、半田が、被告の業績拡大が急務であることを切々と訴え、社債による調達資金の運用としての特定金銭信託契約(以下「特金契約」という。)において、普通社債の利率以上の運用利率で利回りを保証する、年七パーセントなら運用利率の最低保証をしている実績があるので間違いない、その旨の念書を差し入れるなどと述べたため、犬塚は、半田の申出を了承し、被告との間で、特定金銭信託についての保証約束及び普通社債発行の交渉を行うこととした。その後、犬塚と被告間の交渉で、被告が年八パーセントの利回りを保証し、それに基づき、原告阪和が五年間にわたり三〇億円の特金契約を行う方針が決定された。
半田及び株式会社勧業角丸経済研究所(以下「勧角経済研究所」という。)のファンドマネージャー谷川重人(以下「谷川」という。)は、昭和六〇年六月四日、犬塚及び皆川との間で、原告阪和が行う特金契約に関し、信託銀行の選定や収益の支払時期などの具体的事項を取り決めた。この際、半田及び谷川は、犬塚及び皆川に対し、特金契約の運用成績が被告の保証した年八パーセントの割合に達しない場合には、信託銀行からは実際の収益が支払われるだけであるが、被告が他の方法で間違いなく埋め合わせすると述べた。
2 被告第一事業法人部長角道昭(以下「角道」という。)は、昭和六〇年六月一三日、原告阪和に対し、後記3記載の昭和六〇年六月一四日から平成二年三月二五日までの間の特金契約の運用成績から投資顧問料を控除した金額が、当初信託元本とこれに対する年八パーセントの割合による運用利息の合計金額に満たない場合は、その差額にあたる収益を被告が原告阪和に対して確保することを約した(甲三〇号証。以下「本件保証約束」という。)。
3 原告阪和は、昭和六〇年六月一四日、日本信託銀行株式会社(以下「日本信託銀行」という。)との間で、原告阪和を委託者兼受益者、日本信託銀行を受託者として、次のとおりの特定金銭信託契約(以下「本件特金契約」という。)を締結し、同日、日本信託銀行に対し、当初信託金三〇億円を交付した(甲三八号証)。
<1> 当初信託金 三〇億円
<2> 信託期間 昭和六〇年六月一四日から昭和六一年三月二五日まで
ただし、信託期間満了三〇日前までに委託者兼受益者又は受託者から別段の申し出がないときは、更に一年間延長し、爾後もこれに準じる。
<3> 運用方法 受託者は委託者の指図により株式、国債、地方債、社債、外国証券等を運用する。
4 原告阪和は、昭和六〇年六月一四日、勧角経済研究所との間で、本件特金契約に関して投資顧問契約を締結し、勧角経済研究所に対し、日本信託銀行に対する運用指図を委ねた(乙七三、甲三九。以下「本件投資顧問契約」という。)。
勧角経済研究所の地位は、同年一〇月一日、原告阪和及び日本信託銀行の同意の下、勧業角丸投資顧問株式会社(現商号勧角投資顧問株式会社、以下「勧角投資顧問」という。)に承継された(甲四〇、四一)。
5(一) 原告阪和は、昭和六〇年九月一七日、次のとおり、ユーロドル市場で普通社債を発行した(以下「本件社債」という。)。
発行価格 五〇〇〇万米国ドル
ドル建ての利率 年一〇・三七五パーセント
円を基準とした利率 年六・七五パーセント
償還期日 平成三年七月一七日
共同主幹事証券 パリバ証券(フランス)と被告
(二) 本件社債による調達資金自体は、本件特金契約と異なる別の特金契約及び外債の資金に充てられているが、この特金契約と外債投資についても、本件社債の利率を上回る年八パーセントの運用利率の保証がされている(甲一八号証)。
6 本件特金契約の運用成績は、本件保証約束の期限である平成二年三月までに、約定の年八パーセントの利回りに達していなかった。そこで、被告第一事業法人部長岡田義雄(以下「岡田」という。)は、同月二〇日ころ、原告阪和の専務取締役松村壽雄に対し、年八・五パーセントの運用利回りを保証するので三年間延長してほしい旨申し入れ、原告阪和は、これを承諾した。
原告阪和は、被告との間で、本件保証約束の期間を平成五年三月一〇日まで延長し、運用利率を平成二年三月二六日からは年八・五パーセントとする旨合意するとともに(甲四三号証。作成日は当初の約定日である昭和六〇年六月一三日と記載されているが、実際に作成されたのは、平成二年三月である。)、平成二年三月二〇日、日本信託銀行との間で、本件特金契約の信託期間を平成五年三月一〇日まで(ただし、信託期間満了日の一か月前までに委託者兼受益者から契約終了の意思表示がない限り、更に一年間延長され、その後も同様とする。)延長する旨合意した(甲四二号証)。
本件特金契約は、平成七年三月一〇日、終了した。
7 (主位的請求)
よって、原告阪和は、被告に対し、本件保証約束に基づき、当初信託元本三〇億円、これに対する平成五年三月一〇日までの約定の運用利息一八億八九六九万〇三八二円及び現実に支払った同日までの投資顧問料・信託報酬額五三七八万五一四五円を合計した金額である四九億四三四七万五五二七円から、同日までの運用益として現実に受領した一二億九一〇五万四九七八円、同日の有価証券等の時価合計一一億七九三八万八二三四円及び同日までに信託元本の一部返還を受けた一億五七〇〇万円を差し引いた金額である二三億一六〇三万二三一五円並びにこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
8 (予備的請求)
(一) 仮に、本件保証約束が無効である場合には、被告の勧誘行為は、不法行為に該当する。すなわち、角道及び半田は、昭和六〇年六月一三日ころ、谷川とともに、犬塚及び皆川に対し、原告阪和に後記の損失が生じる可能性があることを知りながら、本件保証約束を行って、本件特金契約及び本件投資顧問契約を締結するよう勧誘し、また、岡田は、平成二年三月二〇日ころ、原告阪和に後記の損失が生じる可能性があることを知りながら、さらに元本及び年八・五パーセントの利回りを確保することを約して本件特金契約及び本件投資顧問契約を延長するよう勧誘した。
右行為は、本件保証約束の履行により、本件特金契約に危険性が全くないと誤認させる不当な行為である上、元本及び利回りを保証して有価証券取引を勧誘する点で、前者は昭和六三年法律第七五号による改正前の証券取引法五〇条二号に、後者は平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)五〇条一項三号に違反する違法な行為である。
被告は、これは運用利回りの努力目標にすぎない上、角道らには本件保証約束を締結する権限はないと主張するが、そうだとすれば、角道らが元本及び利回りを保証すると明言して行った勧誘行為は虚偽の表示をして行ったものとなり、旧証券取引法五八条(現行証券取引法一五七条)に違反する。
(二) 原告阪和は、これにより、約定の利回りに達しない場合には、被告が不足額について補てんするため、約定の元本及び利回りを確実に得ることができると誤信して、本件特金契約を締結し、平成五年三月一〇日までに、信託元本三〇億円、信託報酬合計二〇四万六六七一円及び投資顧問料合計五一七三万八四七四円を支払い、運用益合計一二億五九四八万一九六二円、信託元本の引出により合計一億五七〇〇万円を受領した。そして、平成五年三月一〇日時点での本件特金契約における有価証券等の時価は、一一億七九三八万八二三四円であった。したがって、原告阪和は、四億五七九一万四九四九円の損害を受けた。
(三) よって、原告阪和は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求として、四億五七九一万四九四九円並びに確定遅延損害金八億四二八四万九八五〇円及び四億五七九一万四九四九円に対する平成五年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 請求原因に対する認否及び被告の反論
1 請求原因1のうち、被告が、昭和六〇年五月ころ、原告阪和に対し、投資顧問契約の業績を上げることについて協力を求めたこと、当時の被告の担当者が半田であったこと、同月ころから原告阪和と被告との間で、原告阪和による普通社債発行の折衝が行われたこと及び同年六月ころから犬塚と半田の間で本件特金契約の細目について話し合いが持たれ、その結果、本件特金契約の金額及び期間が決定されたことは認めるが、その余は否認する。谷川が運用開始決定前に原告の社員と話し合ったことは一切ない。
同2は否認する。
同3は認める。
同4のうち、承継について、原告阪和らの同意があった点については知らないが、その余は認める。
同5(一)は認める。但し、昭和六〇年六月当時、利率が年六・七五パーセントと確定していたとの趣旨であれば否認する。確定したのは、同年七月三一日である(乙一一五、一一六号証)。
同5(二)のうち、本件社債の払込金が本件特金契約と異なる別の特金契約の資金に充てられたことは認めるが、その余は否認する。
同6のうち、平成二年三月二五日までの運用成績が年八パーセントに達していなかったこと、本件特金契約の期間が延長されたこと及び甲四三号証の実際の作成日が平成二年三月ころであることは認めるが、その余は否認する。
同8(一)のうち、被告が、原告阪和に対し、勧角経済研究所との間で、投資顧問契約を締結するよう勧誘したことは認めるが、その余は否認する。
同8(二)のうち、原告が、日本信託銀行から運用益や信託元本の一部を引き出していることは認め、その余は否認ないし争う。
2 被告の反論
(一) 主位的請求について
被告は、原告阪和との間で、本件保証約束をしたことはない。つまり、甲三〇号証の「別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載は、運用実績が表記利回りに達しなかった場合、原告阪和自身が新たな資金を別途に投入して証券取引を行うことにより損失をカバーできるよう被告が配慮するという努力目標を掲げたものにすぎず、被告が自己の資金の拠出により原告阪和に差額金を支払うという約束ではないのである。
仮に本件保証約束が存在したとしても、被告は保証会社ではないから、被告の従業員に保証約束をする権限はないので、被告に効果が帰属しない。
さらに、仮に本件保証約束の効果が被告に帰属するとしても、この保証約束は、平成三年法律第九六号および平成四年法律第八七号により改正された後の証券取引法(以下「改正証券取引法」という。)五〇条の三第一項一号に該当し、私法上も公序良俗に反して無効である。本件保証約束が成立した時期は、昭和六〇年六月、すなわち旧証券取引法下であり、旧証券取引法には改正証券取引法五〇条の三第一項各号が定める行為を禁止する規定は存在しなかったが、民法九〇条が公序良俗違反の行為を無効とする趣旨は、裁判所は、社会的に許容されない反社会的な法律行為の実現には助力しないということにあるから、公序良俗に違反するか否かの判断は、法律行為時のみならず、当該判断をする時点における公序良俗にも照らして判断すべきであるし、改正証券取引法に五〇条の三の遡及適用を排斥する経過規定が設けられていないことから、本件にも同法五〇条の三は適用されるというべきであるからである。
また、仮に保証約束の効果が被告に及ぶとしても、本訴請求は、保証約束の履行を求めるものであり、改正証券取引法五〇条の三第一項三号に該当する。同号は、旧証券取引法下における約束に基づく場合を除外していないので、本訴請求は許されない。
(二) 予備的請求について
原告阪和は、北茂(以下「北」という。)が社長に就任して以降、積極的に証券取引、為替取引等の「財テク」経営を展開し始め、被告及びその他の証券会社に対し、自ら運用目標額を設定した上でその旨の念書の差し入れを要求するなどして、証券取引に積極的に取り組んでいた投機のプロであって、本件特金契約及び本件社債発行も原告阪和の主導で行われたものである。
本件特金契約については、原告阪和の犬塚が、ファイナンスによる調達資金の運用として、被告に申し出たもので、原告阪和が運用利回りを保証したと主張する書面も、特金契約開始後、原告阪和の強い要求により差し入れさせられたものである。そして、本件社債についても、当時から積極的に証券投資による財テクを図っていた原告阪和が、被告に対し、財テクのための良いファイナンス案を提案するように求め、原告阪和の主導で話が進んだのである。そして、原告阪和及び被告は、本件特金契約締結時ころ、転換社債を検討していたが、昭和六〇年七月ころ、原告阪和から、現在は起債環境が悪いので、株式がらみのファイナンスではなく、普通社債にしたいとの申し入れがあり、普通社債を発行することとなったのである。
原告阪和は、被告が利回り保証を提示して勧誘してきた理由として、本件特金契約と本件社債はセットであり、被告は本件社債の幹事証券となりたかったため、本件社債による調達資金の先行運用である本件特金契約について利回り保証を提示してきたと主張するが、本件特金契約と本件社債発行とは、別の経緯から偶々同時期に生じたにすぎず、両者は無関係である。なぜなら、前記のとおり、普通社債の発行を決定したのは本件特金契約締結後であり、本件社債の為替予約による円を基準とした利率が決定されたのも、本件特金契約締結後の昭和六〇年七月三一日(乙一一五、一一六号証)である上、本件社債による調達資金は、本件特金契約の運用資金となっていないからである。
被告が元本及び利回りを保証して勧誘したとしても、昭和六三年法律第七五号による改正前の証券取引法五〇条二号及び旧証券取引法五〇条一項三号は取締法規であるから、これに違反する行為が直ちに不法行為を構成するわけではない。
仮に、元本保証及び利回り保証の約束を不法行為と構成したとしても、原告阪和の元本及び利回り相当額の損害賠償請求は、民法九〇条と同趣旨の規定である民法七〇八条(不法原因給付)の類推適用により否定されるべきである。すなわち、元本保証及び利回り保証の約束が公序良俗に違反して無効であることは前叙のとおりであるが、右約束行為又は右約束を伴った勧誘行為を不法行為と捉え、元本及び利回り相当額を不法行為による損害として回収できるとすれば、元本及び利回り保証を有効と認めたことと同じ結果となり、公序良俗違反として元本保証及び利回り保証を無効とした意味が失われるからである。
五 原告阪和の反論
主位的請求について
旧証券取引法は、損失補てんを約して有価証券の取引を勧誘する行為を禁止し、違反行為を行政処分の対象としていたが、当時の取引については、投資家保護の観点から、私法上の効力に影響はないと解されていた。本件保証約束は、平成四年一月一日に平成三年法律第九六号が施行される前、しかも損失保証約束が反社会性の強い行為と明確に認識されていなかった昭和六〇年に行われたものである。
公序良俗に違反するか否かの判断は、法律行為時に行われるべきであるし、法律の適用は不遡及が原則であるところ、改正証券取引法五〇条の三を遡及適用する根拠規定がないから、本件保証約束は有効である。
実質的に考えても、本件保証約束を無効として、被告が約束した債務の履行を免れることを認めることは、売買手数料、引受手数料等で大きな利益を得ている被告を不当に利する一方、被告が利回り保証約束をしたからこそ確実な投資であると考えて資金を拠出した原告阪和が多額の損害を被る結果となり、当事者間の公正・信義衡平に反することになる。
被告は、本件保証約束が仮に有効であっても、現在その履行請求をすることは、改正証券取引法五〇条の三第一項三号により禁止されていると主張するが、契約が有効であるということは、その履行請求権が私法上有効であることを認めることであるし、一旦有効に成立した法律行為に基づく債権が、その後に改正・施行され、かつ遡及効果が明示的に定められていない法律によって、その履行を求めることができないものとするのは、憲法が保障する財産権を不当に侵害するものであり、認められない。
(乙事件)
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告は、原告大萩に対し、金七三億一三八四万四九五三円及び内金六三億八〇一五万七九二四円に対する平成四年九月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
(予備的請求)
1 被告は、原告大萩に対し、金六三億八一六八万七六九四円及び内金六三億八〇一五万七九二四円に対する平成三年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告大萩の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告大萩の負担とする。
三 請求原因
1 原告大萩は、昭和六三年六月から、被告に対し、資金運用を委託していたところ、約定どおり、委託金元本に運用利息を加えた額が返還されたので、被告からの要請に応じ、以後も数回にわたり、資金運用委託契約を行っていた。原告大萩は、原告阪和のグループ企業であり、被告との間の契約締結の交渉を原告阪和に委任していた。
被告代表取締役副社長大村文男(以下「大村」という。)は、平成三年三月から四月上旬にかけて、原告阪和の財務部部長代理由地信太郎(以下「由地」という。)に対し、被告が元本及び利回りを間違いなく支払うので、九〇億円の資金の運用を被告に委託するよう要請した。被告担当者澤田雄治(以下「澤田」という。)は、同年四月、由地に対し、九〇億円のうち、一二億円だけ先に資金運用を開始したいと申し出たので、原告大萩は、被告に対し、一二億円と七八億円に分けて資金運用を委託することになった。
2 被告常務取締役礒崎圭二(以下「礒崎」という。)は、平成三年四月一〇日ころ、原告大萩に対し、「利率8・80%以上」「約定期日に約定の元利金を必ずお支払い致します。万一運用成績が約定の金額に達していない場合でも、当社は貴社に対し、いささかもご迷惑、ご損害をかけずに処理することを確約致します。」との文言が記載された「資金運用の提案」(甲一号証の一)を差し入れ、元本及び利回りを保証する旨の約束をして、資金運用委託契約を勧誘した。
原告大萩は、平成三年四月一〇日、被告との間で、原告大萩を委託者、被告を受託者として、次のとおり資金運用委託契約(以下「本件運用委託契約第一」という。)を締結した。
<1> 委託金額の枠 一二億円
<2> 委託期間 平成三年四月一二日から平成四年三月三一日まで
<3> 運用方法 被告が、原告大萩の交付した委託金で有価証券等の投資を行い、委託期間満了時に委託金元本残高(交付した委託金の額と返還を受けた委託金の額との差額)及び運用利息を原告大萩に支払う。
<4> 運用利息 委託金額の枠に期間及び運用利率を乗じた金額とし、平成三年四月一二日から同年五月三〇日までの運用利率は年八・八パーセント以上とする。同月三一日から平成四年三月三一日までの運用利率は別途協議の上決定する。
平成三年四月一一日、澤田が、株式会社キャプテン(以下「キャプテン」という。)から有価証券を相対形式にて購入する書類を用意してきたので、原告大萩は、これに押印し、翌一二日、被告の指示により、キャプテンの口座に一一億〇七六八万円を振り込んだ。
3 礒崎は、同月一七日、原告大萩に対し、同様に九〇億円の残り七八億円分について、右と同様の「資金運用の提案」を差し入れ、元本及び利回りを保証する旨の約束をして資金運用委託契約の勧誘を行ったので、原告大萩は、平成三年四月一七日、被告との間で、原告を委託者、被告を受託者として、次のとおりの資金運用委託契約(以下「本件運用委託契約第二」という。)を締結した。
<1> 委託金額の枠 七八億円
<2> 委託期間 平成三年四月二二日から平成四年三月三一日まで
<3> 運用方法 2<3>と同じ
<4> 運用利息 委託金額の枠に期間及び運用利率を乗じた金額とし、平成三年四月二二日から同年五月三〇日までの運用利率は年八・八パーセント以上とする。同年五月三一日から平成四年三月三一日までの運用利率は別途協議の上決定する。
被告は、本件運用委託契約第二に基づき、原告大萩名義で株式会社東急百貨店(以下「東急百貨店」という。)、JFC株式会社(以下「JFC」という。)、株式会社デナフ(以下「デナフ」という。)、朝日無線電機株式会社(以下「朝日無線」という。)から相対形式で有価証券を購入した。
原告大萩は、平成三年四月二二日、被告の指示により、東急百貨店の口座に一〇億四九四五万円、JFCの口座に一七億二七〇三万五〇〇〇円、デナフの口座に三八億五一〇七万三六〇〇円、朝日無線の口座に一〇億六一八一万九二四〇円、合計七六億八九三七万七八四〇円を振り込んだ。
4 その後、被告は、本件運用委託契約第一及び第二を合計した九〇億円を枠として一体的に運用し、原告大萩は、被告の指示に基づき、随時、委託金元本として、被告又は被告の指定する第三者に金員を交付した。
5 原告大萩は、被告との間で、前記2<4>及び3<4>の約定に従い、次のとおり運用利率の協議を行い、合意した。
(一) 平成三年五月三一日 同日から同年八月二九日まで年八・八パーセント以上
(二) 同年八月二八日 同月三〇日から同年一一月二八日まで年八・五パーセント以上
(三) 同年一一月二七日 同月二九日から平成四年三月三一日まで年七・六一パーセント以上
6 (主位的請求)
よって、原告大萩は、被告に対し、本件運用委託契約第一及び第二に基づき、委託金元本残高六三億八〇一五万七九二四円、平成四年三月三一日までの運用利息合計七億〇八三七万九七二二円並びに同年四月一日から同年九月二五日までの確定遅延損害金残金二億二五三〇万七三〇七円の合計額である七三億一三八四万四九五三円及び右委託金元本残高六三億八〇一五万七九二四円に対する平成四年九月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
7 (予備的請求)
(一) 大村は口頭により、礒崎は書面により、原告大萩に対し、元本及び利回りを保証して有価証券取引を勧誘したが、この行為は、旧証券取引法五〇条一項三号に違反する違法な行為であり、被告はその旨を認識していた。また、被告は、本件資金運用委託契約第一及び第二による資金運用は、旧証券取引法一二七条及び大蔵省令に違反する取引一任勘定であることも熟知していた。
(二) 原告大萩は、前記2、3のとおり、合計八七億九七〇五万七八四〇円を支出したが、他方、随時委託金元本の返済を受けたので、未だ返済を受けていない委託金元本残高六三億八〇一五万七九二四円の損害を受けた。
(三) よって、原告大萩は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求として、委託金元本残高六三億八〇一五万七九二四円並びに内金一一億〇六八八万円に対する平成三年四月一二日から同月一八日までの確定遅延損害金一〇六万一三九一円、内金一一億三九七二万四〇〇〇円に対する同年四月一九日から同月二一日までの確定遅延損害金四六万八三七九円(以上合計金六三億八一六八万七六九四円)及び右委託金元本残高六三億八〇一五万七九二四円に対する平成三年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 請求原因に対する認否及び被告の反論
1 請求原因1のうち、原告大萩が、原告阪和のグループ企業であり、被告との間の契約締結の交渉を原告阪和に委任していたことは認めるが、その余は否認する。
同2ないし5は否認する。原告大萩が、被告に対して、委託金を交付した事実はないが、平成三年四月一二日及び二二日に原告大萩が保有している有価証券が、被告の原告大萩の口座に保護預りとして入庫された事実はある。被告が、原告大萩に対して、委託金を第三者に対して交付するよう指示した事実はない。
2 被告の反論
(一) 主位的請求について
原告大萩は、本件取引を資金運用委託契約という特異な契約であると主張するが、これは、証券取引について、損失補てんをすること及び損失補てんを受けることをともに禁止した改正証券取引法の適用を免れるための実態を無視した主張であり、実際は、利回り目標が付加された一任勘定方式による証券取引にすぎず、これについて生じた損失について、元本及び利回り相当額の補てんを求める請求である。
本件取引は、昭和六三年六月から原告大萩と被告間で開始された証券取引が、約定期限までに目標利回りが達成できなかったので、原告大萩の決算対策のため二度の疎開を経て延長され、一貫して証券取引として継続されてきたもので、ここで新たに資金運用委託契約という別個の取引が成立するという主張は不自然である。
そして、右請求の前提となる元本及び利回りの保証約束については、合意が成立した平成三年ころには、損失保証を行うことが社会的に非難されるべき行為であるとの一般的な認識が形成されていたといわざるを得ず、公序良俗に反して無効である。
また、このような請求自体も、改正証券取引法五〇条の三第一項三号及び第二項三号により、合意の成立した時期を問わず明確に禁止されているから、本訴請求は認められない。
(二) 予備的請求について
被告は、原告大萩に対して、元本及び利回りを保証することを約束して念書を差し入れ、原告大萩主張の「有価証券投資による資金運用委託契約」を勧誘したことはない。
被告は、平成三年三月、平成二年三月と同様に、当時行っていた一任勘定方式の証券取引の目標利回り達成が不可能であることが予想されたため、原告大萩に対し、右取引の延長を要請したところ、原告大萩に決算対策の必要が生じたので、疎開を行い、その後に、原告らの強力な要請により、両者の指示する書式で記載した念書を差し入れたのであって、念書の差し入れにより右取引の延長が行われたのではない。
原告大萩は、財テク企業として著名な原告阪和のグループ企業の一つであって、本件資金運用の本当の主体は、原告阪和である。そして、本件資金運用は、全て原告阪和の主導の下に行われたから、不法行為は成立しない。
原告大萩は、一任勘定取引が違法であると主張するが、同取引が原則的に禁止されたのは、本件の後、平成四年一月一日に施行された平成三年法律第九六号においてであって、平成三年当時は違法ではなかった。
五 原告大萩の反論
被告は、一任勘定方式による証券取引と主張するが、同取引は委任契約の一種であるため、委任者である原告大萩に損害を被らせないようにする善管注意義務・誠実義務を負うところ、被告は、第三者企業に対して損失保証あるいは損失補てんを履行するため、もしくは被告株式・被告転換社債の価格を維持するため、原告大萩に損害を与える取引を行っていたので、一任勘定取引とは言い得ない。むしろ、本件取引は、所定の元利金を確実に取得させれば、個々の証券取引については、どのような取引をしてもかまわないという資金運用委託契約であったのである。
仮に本件取引が利回り保証約束の付加された一任勘定取引であったとしても、この利回り保証約束は公序良俗に反して無効とは言えない。なぜなら、本件契約は、形式的には平成三年四月に新規に締結されているが、その実質は、大村の要請に応じて、平成三年三月に期限を迎えた契約を延長したものである。これは、最高裁判所平成九年九月四日判決が無効であるとした平成二年八月一五日の損失保証契約より以前であり、右判決の指摘する平成元年一二月二六日付けの大蔵省証券局長通達より以前であるからである。
(証拠)省略
理由
(甲事件)
一 昭和六〇年六月ころから犬塚と半田の間で本件特金契約の細目について話し合いが持たれ、その結果本件特金契約の金額及び期間が決定されたこと、原告阪和と日本信託銀行との間で、同月一四日、本件特金契約が締結され、原告阪和が日本信託銀行に対して三〇億円を交付したこと、原告阪和は、勧角経済研究所との間で、同日、本件投資顧問契約を締結し、日本信託銀行に対する運用指図を委ねたこと、勧角経済研究所の地位は、同年一〇月一日、勧角投資顧問に承継されたこと、昭和六〇年五月ころから、原告阪和によるユーロドル市場での普通社債の発行の折衝が被告との間で行われたこと、原告阪和は、同年九月一七日、本件社債の発行を行ったこと、右社債の払込金は、本件特金契約と異なる別の特金契約の資金に充てられたこと、本件特金契約の平成二年三月二五日までの運用成績が年八パーセントに達していなかったこと、本件特金契約の期間が延長されたこと、甲四三号証の実際の作成日が平成二年三月ころであることは、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実と証拠(甲七ないし九号証、一八ないし三四号証、三八ないし五七号証、乙五〇ないし五四号証、五六号証、六〇ないし八一号証、八四、八五号証、八七ないし九七号証、一〇〇ないし一〇五号証、一〇七ないし一〇九号証、一一一ないし一二〇号証、一二二ないし一三五号証、証人由地信太郎、皆川公一、半田洽、大村文男)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告阪和は、東京・大阪両証券取引所一部上場の鋼材製品の卸売業、問屋業及び輸出入業並びに有価証券の投資、運用及び為替取引等を業とする株式会社である。
被告は、証券業を営むことについて大蔵大臣の免許を受けた証券会社である。
2 原告阪和は、昭和五八年六月に北が社長に就任して以降、北自身の、「東洋の小鬼」「相場師」などと呼ばれた卓越した相場観と強力な陣頭指揮の下に、積極的に為替取引、証券取引等の「財テク経営」を展開し始め、鉄鋼商社としてよりも、「財テクの阪和」として有名になった。
北は、金融収支の黒字化及び自己資本比率の向上を目標として、外債(転換社債、ワラント債)やコマーシャルペーパーの発行により低利で資金を調達し、これらを大口定期預金や特定金銭信託で運用することにより、その利鞘を取得していた。
また、原告阪和は、原告大萩の他、黒川鉄工、トーヨー建鉄、スミノエファイナンス、エイコーキャピタル、梶原伸線、エスケーエンジニアリングなど原告阪和のグループ会社の名義をも使って資金運用を行い、山一証券、日興証券、山種証券、新日本証券、被告などを通じて証券取引を行った。
原告阪和は、昭和六〇年度の決算において、売上高が六八六〇億〇三〇〇万円、営業利益が八二億一二〇〇万円であるのに対し、営業外収益である為替差益が九八億七八〇〇万円あり、いわゆる財テクによる営業外利益の拡大により、大手商社に匹敵する大会社へと成長した。
3 被告は、昭和五一年、原告阪和の幹事証券となり、昭和五三年八月、被告の大阪支店で原告阪和の取引口座が開設され、原告阪和との取引が開始した。
北は、自社の財テクに貢献する証券会社を優遇する方針を採用し、昭和五八年九月ころ、被告に対し、被告は他の証券会社と違って、財テクの積極提案がなく、自社への貢献度が少ないので、今回のスイスフラン建て転換社債の幹事証券から外す、但し、再度の外貨建て転換社債を計画しており、その際は経過を見て考える旨通告した。
被告は、北の右申入れにより、このままでは原告阪和に対する営業活動で、他の証券会社に負けてしまうとの深刻な危機感を覚え、積極的な財テクの提案を提示させてほしいと申し入れたほか、原告阪和からのスイスフラン建て転換社債の転換促進要請に協力したり、株式沈潜(原告阪和の株価を上昇させるためにその株式を買い付けること)に対する協力を行うなど営業努力を重ねた。
原告阪和は、被告の営業努力を認め、昭和五九年三月、被告を再度、スイスフラン建て転換社債の幹事証券とする旨申し入れた。
原告阪和は、昭和六〇年四月ころ、他の証券会社との間で、スイスフラン建てワラント債及びスイスフラン建て転換社債の発行計画を進める一方、犬塚が、右とは別に、半田に対し、スイスフラン建て転換社債一〇〇億円の発行を検討中であり、被告が主幹事で行う意思があれば、発行案を提示するよう申し入れた。
原告阪和は、被告の営業努力を認め、被告に対し、社債発行による調達資金について、特定金銭信託における資金運用を打診した。当時、特定金銭信託契約については、証券会社が、顧客に対し、運用利回りを保証し、損失が発生した場合には何らかの方法で損失を回復するとともに、保証した運用利回り額を確保することを約束して取引することが一般的に行われており、被告も、運用利回りを保証する旨述べてこれを勧誘した。
4 犬塚及び皆川は、昭和六〇年五月二四日、半田と面談し、被告が運用利回りを保証することを前提に、原告阪和の資金運用について話し合った。犬塚は、年八パーセントの利回りを保証してほしいと述べたのに対し、半田は、年七パーセントなら保証した実績があると述べ、運用する額についても、具体的な協議が整わなかった。ただ、運用形態については、半田が、被告関連会社である勧角経済研究所の投資顧問契約の実績づくりなどのため、投資顧問会社を起用する正式の特定金銭信託を希望したため、原告阪和は、これに合意した。
犬塚及び皆川は、同年六月四日、勧角経済研究所の谷川と面談し、三〇億円の資金運用を行うこと、利回りは年八パーセント以上を保証すること、運用が八パーセントに達しない場合、受託者との決算は実際の運用成績で行うが、残りは被告が他の方法で埋め合わせをする旨合意した。ただ、埋め合わせの具体的方法については話題に出なかったが、皆川は、新発転換社債及び新規公開株など利益の上がる取引を原告阪和に紹介することだと理解した。
原告阪和は、同月一四日、本件特金契約及び本件投資顧問契約を締結した。
犬塚は、本件特金契約開始の前後ころ、半田に対し、具体的な項目を示して、他の証券会社からも念書を出してもらっているので、被告にも、同様の念書を差し入れてほしいと要求した。また、本件特金契約開始後には、社長である北自ら、被告に対し、念書を差し入れるよう要求した。
被告は、当初原告の右要求に難色を示したが、原告の要求に抗しきれない形で覚書(甲三〇号証)を差し入れた。右覚書は、昭和六〇年六月一三日付けで、「被告第一事業法人部長角道昭」名義の書面であり、「原告阪和と勧角経済研究所とは、昭和六〇年六月一四日付で投資顧問契約を締結したが、その補足条件は下記の通りとする。」との記載の下に、「1・年間利回りについては、投資顧問料を差し引いたネット8%以上とする。1・運用実績が上記利回りに達しなかった場合には別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載があり、末尾に、被告の要請により、「環境、状況の急激な変化が到来した時点には両者の協議により、契約期間を変更あるいは、終了させることができる。」旨が挿入された。
5 他方、被告は、前記スイスフラン建て転換社債の発行計画を検討したが、その後、日系企業の転換社債の発行が多くなり、また現地の金利も上昇するなど発行環境が悪化したため、原告阪和と相談し、昭和六〇年六月ころ、ユーロドル建て普通社債(以下「本件社債」という。)を発行する計画に変更した。
同年七月三一日、本件社債の円を基準とした発行利率が年六・七五パーセントと確定した。
原告阪和は、同年八月三日、本件社債発行による調達資金(約一一七億円)のうち、約四三億円を先行させて、外国投資信託(ジニメ債ファンド)に投資し、資金運用を開始した。
原告阪和は、同年九月一七日、本件社債を発行して一一七億円を調達するとともに、翌一八日、一一七億円の残金七四億円について、本件特金契約とは別の特金契約に投資し、資金運用を開始した。被告は、この一一七億円の資金運用に関し、原告阪和に対して、覚書(甲一八号証)を差し入れた。右覚書は、昭和六〇年九月付けで、「被告取締役法人国際推進部長宮本晴夫」名義の書面であり、「1・運用利回り 投資顧問料を差し引いたネット8%以上(年率)とする 1・元本保証 元本については保証致します。」との記載があり、またその下に補則として「1・運用実績が上記利回りに達しなかった場合には、別途資金の運用により、収益を確保することとする。」との記載がある。
6 原告阪和は、本件特金契約締結以後も被告から年六・七パーセントないし八パーセントの利回りを確保するとの約束を得て、順次、日本信託銀行や安田信託銀行との間で特金契約を行った。原告阪和が、被告の利回り保証約束の下に行った特金契約は、昭和六二年一〇月の段階で、五本、元本合計約二四七億円となった。本件特金契約を除く、四つの特金契約に関して、被告は、期限が到来したものについて、新たな念書を差し入れて新たに利回りを保証し、かつ、運用期間を延長した。
原告阪和の関連会社も、昭和六一年三月のトーヨー建鉄に始まり、順次、所定の利回りを確保するとの被告の約束の下に、被告との間で、信託銀行及び投資顧問会社の介在しない一任勘定取引(広義の営業特金とも言われる。)を行うようになった。
7 平成二年初頭から、バブル景気の崩壊により、株価が下落し始めたため、被告は、約束した年八パーセントの利回りを確保することができず、期間満了により清算することができなかった。
このため、岡田は、平成二年三月二〇日、原告に対し、年八・五パーセントの利回りを保証することを約して、本件特金契約及び本件投資顧問契約を延長するよう求めた。その際、岡田は、原告に対し、覚書(甲四三号証)を差し入れたが、右覚書の作成日付は昭和六〇年六月一三日付けで、「岡田義雄」名義とされ、「1・年間利回りについては、投資顧問料を差し引いたネット8・5%以上とし、元本は保証する。1・運用実績が上記利回りに達しなかった場合には別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載があり、末尾には、甲三〇号証と同様の弾力条項が挿入されている。
原告阪和は、平成五年三月一〇日まで、本件特金契約及び本件投資顧問契約を延長した。
8 被告が利回り保証をしていた原告の特金契約及び関連会社の営業特金の元本残高は、平成二年九月の時点で約八八〇億円に達し、原告社内でも、被告が利回り保証約束を履行できるのか議論になったことから、原告阪和の北と由地は、平成二年一一月ころ、被告の大村に対し、順次、利回り保証の履行を請求した。
大村は、一度に運用を終了させることは困難なので、間違いなく約束した元本及び利回りを支払うから、運用を延長し、順次、運用枠を減少させることを要請したので、原告阪和はやむなくこれに同意した。
右合意を受けて、黒川鉄工、トーヨー建鉄名義における資金運用は、平成三年五月ころまでに、被告から約定期限に所定の元利金が支払われて終了したが、右各取引において生じいていた運用実績と所定利回りの差額については、被告が黒川鉄工、トーヨー建鉄名義の口座にあった有価証券を相対形式で第三者に売却することで埋め合わせた。また、被告は、平成三年五月には、米国財務省証券を高値で買い取るなどして、エスケーエンジニアリング名義の二三〇億円の資金運用を所定の利回りを達成して終了させた。本件特金契約以外の原告阪和名義の四本の特金のうち、二本の運用成績は、利回り保証期限の平成三年七月になっても被告が約束した利回りに達していなかったが、大村から「これは後で埋めます。とりあえず、期間の来たところで終わりにして下さい。」と申入れがあったため、原告阪和は、被告の指示どおり二本の特金契約を同年七月に終了させた。その後、大村は、右二本の特金契約における利回り不足額と同年九月に期間の満了する他の二本の特金契約における利回り不足予定額(以上合計約二六億円)を補てんするために、必ず二七億円の利益があがるという債券(ポスティパンキ債)の購入を原告阪和に提案し、同原告はこれを購入したが、結局目的を達成することはできなかった。
以上のような被告の努力により、原告及び関連会社の資金運用残高は漸次減少したが、平成三年六月六日時点で本件特金契約を含めてまだ三三〇億円以上の残高があったことから、原告阪和は、大村から、同日、原告阪和及び関連会社名義で委託している資金運用について、被告が約定期日に元利金を一括返済する旨約束していることを確認する確認書(甲三一、三二号証)を徴した。同趣旨の確認書は、同年八月中旬、同年九月三〇日(甲三三号証)にも取り交わされた。
9 平成四月一月一日、改正証券取引法が施行された。
大村は、平成四年三月から同年九月までの間も、北及び由地に対し、利回り保証の約束を履行する旨発言し、改正証券取引法に違反しないいくつかの履行方法を提案したが、同年九月中旬には、訴訟上の和解を通して解決したいから、訴訟を提起してもらいたいと申し出た。
原告阪和及び被告は、平成五年二月から同年三月にかけて、弁護士を交えて協議を行い、被告側弁護士は、大蔵省の方針として民事調停による解決は認めないので、訴訟を提起してもらいたい、訴訟上の和解で解決すると発言したが、保証約束は存在しない等との発言はなかった。
平成七年三月一〇日、本件特金契約は終了し、原告は、元本残高九億円余りを受領した(甲四六号証)。
三 主位的請求について
1 右事実によれば、ことに前記覚書(甲三〇、四三号証)の存在、その体裁及び記載文言(その体裁及び文言から、被告主張のような、単に努力目標を掲げたにすぎないとの趣旨を読みとることは困難である)、右覚書が差し入れられるに至った経緯、その後、被告が、右約束した運用利回りを確保することができなかったため、本件特金契約の期間延長を原告阪和に求めざるを得なかったこと、被告が、本件特金契約以外の原告阪和及びそのグループ会社名義での同様の利回り約束の下での特金契約において、約定の利回りを達成するべく鋭意努力し、一部は約束を達成したこと及び本訴提起前に被告が保証約束の存在を否定した形跡はないことに照らせば、本件保証約束があったことは明らかである。
2 そこで、本件保証約束の効力について検討する。
(一) 最初に、被告は、角道、岡田及び半田には保証約束をする権限はないから、本件保証約束の効果は被告に帰属しないと主張する。
しかしながら、前記認定事実、ことに原告と被告との取引の経緯、前記覚書が差し入れられるに至った経緯及び本件保証約束後、被告が右約束を果すべく鋭意努力したことにかんがみれば、本件保証約束は被告の意思に基づいてなされたことが明らかであり、角道及び岡田には本件保証約束をする権限が授与されていたものと優に推認することができる。
(二) ところで、損失保証に関する証券取引法改正等の経過、損失保証は、元来、証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに、証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであって、反社会性の強い行為であるといわなければならず、このことは、改正証券取引法の施行前においても、異なるところはなかったこと及び最判平成九年九月四日判決の趣旨によれば、平成元年一二月以降は、損失保証が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していた、すなわち、損失保証契約は社会的妥当性を欠く行為であるとの公序が形成されていたというべきである。
そうだとすると、右の時期以後である平成二年三月に締結された損失保証約束(甲四三号証)は、公序に反し無効といわなければならない。
(三) 次に、本件保証約束(甲三〇号証)がなされたのは、右の時期以前である昭和六〇年六月であるから、この時点においては未だ右のような公序が形成されていたとはいえず、本件保証約束は一応有効に成立したと考えられる。しかしながら、平成元年一二月の時点で右のような公序が形成されたことにより、本件保証約束は当初に遡って無効となったというべきである。
このような考え方に対しては、当初有効に成立した法律行為が事後的に無効となることを認める結果となり、背理ではないかとの反論が予想される。
しかしながら、公序とは法律の全体系を支配する理念であり、個人意思の自治を超越する存在であるから、このような結果を招来してもやむを得ないというべきであり、このような公序が形成されたにもかかわらず、たまたま当該法律行為が右公序形成以前になされたとの一事により公序と抵触する法律効果が認められるというのは、それこそ公序の本質に反するというべきであろう。
そうだとすると、本件保証約束も、平成元年一二月の時点で公序に反し当初に遡って無効となったというべきである。
四 予備的請求について
原告阪和は、自社の財テクに貢献する証券会社を優遇する方針を採用し、被告に対しても、財テクの積極提案がなく貢献度が少ないとして社債発行の幹事証券から一時外すなど財テクに対する積極的貢献を求める申入れをしたこと、被告は、右申入れにより深刻な危機感を覚え、原告阪和の財テクに積極的に貢献する営業努力をしたこと、右営業努力が原告阪和に認められ、本件社債発行及び本件特金契約の話が原告阪和から被告に持ち込まれたこと、年八パーセントないし八・五パーセントという利回りは原告阪和が提示したものであり、本件保証約束に係る覚書も原告阪和の要求により差し入れられたことは、前記認定のとおりである。
右事実関係の下においては、原告阪和の不法性に比し、被告の不法の程度がより強いと評価することはできないから、民法七〇八条の趣旨に照らして、被告には、原告阪和に対する不法行為に基づく損害賠償責任はないといわなければならない。
したがって、原告阪和の予備的請求は、理由がない。
(乙事件)
一 原告大萩が、原告阪和のグループ企業であり、被告との間の契約締結の交渉を原告阪和に委任していたことは、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実と証拠(甲一ないし二八号証、三〇ないし三七号証、四八ないし五三号証、五七号証、乙一ないし八一号証、八三ないし一三五号証、証人由地信太郎、皆川公一、半田洽、大村文男)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告阪和は、昭和五八年六月に北が社長に就任して以降、積極的に為替取引、証券取引等の財テク経営を押し進め、被告に対しても、貢献が少ないとして一時的に幹事証券から外して営業努力を求めるなど原告阪和の財テクに対する積極的な貢献を強く求めていた。
原告阪和は、昭和六一年三月から、資金を拠出して、原告大萩を含むグループ企業の名義で、被告との取引を開始した。
原告阪和は、当初、被告との間で、信託銀行、投資顧問会社を介在させる特定金銭信託契約を締結していたが、原告大萩を含むグループ企業の名義で行う取引は、信託手数料、投資顧問料の節約のため、被告に対して資金を預託し、一任的に投資運用を委ねる一任勘定取引(以下「営業特金」とも言う。)の形態をとった。しかし、一任勘定取引は、市中金利に数パーセント加算した利回りを保証ないし約束して勧誘されることが多かったため、平成元年一二月、大蔵省から自粛の通達がなされ、以後、証券会社と財テク企業との間では、一時に入金して営業特金であることが明らかになることを防ぐため、資金運用額の枠を設けて順次入金する方法により取引を行っていた。
2 原告阪和は、昭和六三年六月二七日、被告との間で、期間同日から同年一二月二七日まで、年利率六・五パーセント、最高限度額三〇億円として、原告大萩名義で、一任勘定方式による証券取引を開始した。右取引に際し、被告は、原告阪和の経理部経理第二課課長五十嵐良夫(以下「五十嵐」という。)の指示により、「第一事業法人部岡田義雄」名義で右内容の覚書(乙五五号証)を作成し、原告阪和宛交付した。右覚書には、被告の要望により、「金利の著しい変化が生じた場合には年利率の変更をお互いの話し合いの上で改訂を致します。」という文言が付加されている。右取引は、三か月延長された後、平成元年三月、年利六・五パーセントの運用利回りを達成して終了した。
原告阪和は、右取引において、保証された運用利回りが履行されたため、平成元年四月、被告との間で、期間同年四月五日から同年一〇月五日まで、年利率六・五パーセント以上、最高限度額六〇億円として、一任勘定方式による証券取引を開始し、証券取引の都度、被告の指示の下に、被告における原告大萩の口座(以下「第一口座」という。)に入金した。被告は、右取引に際し、前同様、五十嵐の指示により、「事業法人本部取締役副本部長角道昭」名義のその旨の覚書(乙七号証)を作成し、原告阪和宛交付した。右取引は、平成元年一〇月五日、年利率六・五パーセントに達しなかったので、平成元年一二月二九日、年利率八・二五パーセント以上と定めて、同月三〇日から平成二年三月二三日まで延長された。右延長に際しても、右内容を記載した「事業法人本部常務取締役角道昭」名義の覚書(甲四号証)が差し入れられた。
3(一) 被告は、原告阪和に利益を得させるために、額面一〇億円の川崎製鉄転換社債(第二回)を原告阪和名義で購入したが、期待した値上がりをしなかったため、原告阪和の指示により、平成元年九月二九日、原告大萩名義で、原告阪和から右社債を代金九億六二一七万九四八〇円で購入し、第一口座に入庫した。
(二) 被告は、原告阪和との間で、利益の出る可能性の高い新発転換社債があり次第、適宜取引することを合意し、平成元年一二月一二日から、順次、原告大萩名義で、額面合計一〇億一〇〇〇万円の新発転換社債を右金額で購入し、第一口座とは別の被告における原告大萩の口座(以下「第二口座」という。)に入庫した。五十嵐は、半田から「確実に利益が得られる。」との勧誘を受けたため、右転換社債の購入に関し、利回り保証の覚書を差し入れることを求めなかった。
(三) 被告は、平成二年一月五日、原告大萩名義で、額面一五億円の後楽園スタジアム転換社債を一九億二〇〇八万九二四七円で購入し、第一口座に入庫した。
(四) 原告大萩は、平成二年一月当時、第一口座に前記2記載の現金六〇億円及び右(一)(三)記載の転換社債約二九億円の合計約八九億円、第二口座に右(二)記載の転換社債約一〇億円、総計九九億円(九八億九二二六万八七二七円)を入庫していた。
4 平成二年初めから、バブル景気が崩壊して株価が急落し、被告は、前記2記載の営業特金について、保証した運用利回り額を達成することも、前記3記載の転換社債を現金化することも困難な状態となった。そこで、五十嵐は、平成二年二月、半田に対し、前記2記載の営業特金に関して元本及び利回り保証約束を履行するよう請求した。
右交渉の過程で、被告が、前記2記載の営業特金について、六〇億円という運用限度額を超過して、前記3(一)(三)記載の転換社債を購入していた事実が明らかになり、五十嵐が、半田に対し、問題の解決を求めたところ、半田は、利益を上げられなかった前記3(二)記載の転換社債についても併せて、日付を遡って、各転換社債の購入日から前記2記載の営業特金の期間満了日である平成二年三月二三日までの期間、右営業特金と同様、年利率八・二五パーセント以上とする書面(乙五七ないし五九号証)を差し入れた。
また、被告は、元本及び約定の利回り保証を可能な限り実行するため、平成二年三月一四日及び同月二二日(受渡日は同月二〇日及び二八日)の二回にわたり、被告が一旦原告大萩に対して割引短期国債を売却し、被告が原告大萩の購入価格より高い金額で買い戻すとともに、また同月二〇日及び二七日(原告大萩の口座に振り替えられたのは、同月二八日及び同月二九日)の二回にわたり、原告大萩の現金を選択権付債券売買取引代金として振り替え、結果として、原告大萩に対し、利回り額相当の合計五億〇一二三万円の損失補てんを行った。
5 しかし、右だけでは、原告大萩の莫大な評価損は解消されなかったので、被告は、株価の回復を待つため、平成二年三月二三日に運用期限が到来する前記2記載の営業特金及び前記3記載の転換社債合計約九九億円の運用の延長を申し入れ、原告阪和は、これを承諾した。もっとも、このままでは、平成二年三月の原告らの決算期に多額の損失を計上してしまうことになるため(原告阪和は、原告大萩に対する投資を貸付金として計上していた)、被告は、平成二年三月二三日、右運用の枠内で原告大萩名義で購入した有価証券を代金合計約八三億円で一時的に第三者企業に買い取らせ、原告大萩に、約定どおりの元本及び利回りを取得させて、右運用を一旦終了させた。右代金は、約定の元利金と原告に返還した金員の合計との差額に等しくなるよう被告が計算したものであった。
右手続は、評価損の生じた有価証券を決算期前に決算期の違う第三者企業(受け皿会社)に時価よりも高い価格で一旦保有してもらい、受け皿会社に対しては、決算期経過後に、右買取価格に有価証券取引税及び右会社への報酬額を加算した額で買い戻すことを約束する、いわゆる「疎開」と呼ばれる手続である。この場合、受け皿会社が有価証券を保有している間に株価が上昇すれば、時価と買戻価格の一致をみて問題は表面化しないが、株価が下がる一方であれば、時価と買戻価格との乖離が漸次拡大していくことになる。
6 由地及び岡田は、平成二年四月、右有価証券の買戻し金額に追加投資した五億円を加えた額である九〇億円を運用枠として、従来どおり、一任勘定方式で投資運用を継続する旨合意した。
被告は、原告阪和に対し、「1、期間 スタート平成二年四月二七日 エンド平成三年二月二八日 1、利率 八・七五パーセント 1、金額 九〇億円 エンド時には元利金を責任をもって返済させて戴くことを確約致しますので念のために本証を差し入れます。」と記載された平成二年四月二五日付け、「第一事業法人部長岡田義雄」作成名義の覚書(甲五号証)を差し入れた。
被告は、平成二年四月二七日、前記5記載の有価証券を第三者企業から原告大萩名義で八五億〇二二三万〇六〇〇円(評価損は約二〇数億円)で買い戻し、これを全て原告大萩の第一口座に入庫した。
7(一) 平成二年秋以降、由地及び北は、大村に対して、約定に従った運用利回りの履行を請求した。
大村は、平成三年二月一三日、北と会談し、以前から原告阪和に保有してもらっていたが、損失を計上していた被告株式、被告転換社債の処理及びその後の株式持合いの提案を行うとともに、現在進行している関連会社名義での営業特金については、元本及び利回り保証を必ず履行するので、前記6記載の営業特金を延長してほしい旨を要請した。
原告阪和は、転換社債及びワラント債を多数回発行していたため、株価下落対策として株式持合いの方法を採用していたので、北は、大村の株式持合いの提案を快諾した。また、北は、被告が、元本及び利回り保証約束を履行すると信じ、本件特金契約の延長を承諾した。
実際、コーラク、トーヨー建鉄及び黒川鉄工等原告阪和の関連会社の資金運用は、被告の株式及び転換社債を購入して合計六九億円の含み損が出ていたが、被告が、同年三月、デナフ、兼松総合ファイナンスなどの第三者企業へ右有価証券を相対形式で売却したので、所定の利回りで終了した。
(二) 原告阪和及び被告は、平成三年二月二七日、前記6の営業特金を同年三月二九日まで延長するとともに、運用利回りを年一〇パーセント以上とする旨合意した。右運用を一か月余り延長したのは、三月末には原告らの決算期が到来するので、これ以上期間を延長すると、前述した疎開の手続が必要となるからである。
被告は、右の際、原告阪和に対し、平成三年二月二七日付けの「資金運用の提案」と題する書面(甲六号証)を差し入れた。右書面は、「被告常務取締役礒崎圭二」名義で、「方法…当社一任勘定方式 期日迄の運用、売買について、その相手先、銘柄、数量、価格、時期等並びに転換社債、ワラント債等の転換・行使の時期、数量等は、貴社は異議なく、全て当社の指図に従うものと致します。」「株式(転換社債の株式転換分も含む)については当社の指図により、貴社名で名義書換えをおこなっても、その所有権並びに株主権(株主総会議決権、新株引受権、株式配当受領権、その他一切)は全て当社に帰属するものと致します。」「上記取引について、約定期日に約定の元利金を必ずお支払い致します。万一運用成績が約定の金額に達していない場合でも、当社は貴社に対し、いささかもご迷惑、ご損害をかけずに処理することを確約致します。」との記載がある。
(三) 被告は、平成三年三月二九日、前記6記載の運用の結果生じた原告大萩名義の有価証券をキャプテン、朝日無線、東急百貨店、デナフ、J・F・Cに合計八七億〇五六〇万円で売却し、原告大萩は、平成三年三月末の決算期に、約定どおりの利回りを得た。
8(一) 被告事業法人部次長澤田雄治は、平成三年四月、原告大萩の資金運用九〇億円のうち一二億円分だけ先に資金運用を開始したいと申し出て、由地がこれに応じたので、原告大萩は、平成三年四月一〇日、被告との間で利率年八・八パーセント以上(ただし、平成三年四月一二日から同年五月三一日まで。以降の利率は別途協議する。)、期間平成三年四月一二日から平成四年三月三一日まで、資金枠一二億円とする一任勘定取引を締結した。
この際、被告は、原告阪和に対し、平成三年四月一〇日付けの「資金運用の提案」と題する書面(甲一号証の一)を差し入れた。右書面は、「常務取締役礒崎圭二」名義で、「方法…当社一任勘定方式 期日迄の運用、売買について、その相手先、銘柄、数量、価格、時期等並びに転換社債、ワラント債等の転換・行使の時期、数量等は、貴社は異議なく、全て当社の指図に従うものと致します。」「株式(転換社債の株式転換分も含む)については当社の指図により、貴社名で名義書換えをおこなっても、その所有権並びに株主権(株主総会議決権、新株引受権、株式配当受領権、その他一切)は全て当社に帰属するものと致します。」「上記取引について、約定期日に約定の元利金を必ずお支払致します。万一運用成績が約定の金額に達していない場合でも、当社は貴社に対し、いささかもご迷惑、ご損害をかけずに処理することを確約致します。」との記載がある。
被告は、右契約に基づき、平成三年四月一二日、キャプテンが買い取った有価証券を原告大萩名義で代金一一億〇七六八万円(時価三億九五五〇万円)で買い戻した。
また、被告は、同月一九日、原告大萩名義で、東京ドームドルワラント第三回・三〇〇証券を代金三二八四万四〇〇〇円で購入した。
(二) 原告大萩は、平成三年四月一七日、被告との間で、利率年八・八パーセント以上(ただし、平成三年四月二二日から同年五月三一日まで。以降の利率は別途協議する。)、期間平成三年四月二二日から平成四年三月三一日まで、資金枠七八億円とする一任勘定取引を締結した(以下一二億円の取引と合わせて「本件各取引」という。)。
この際、被告は、原告阪和に対し、前記(一)と同様の書面(甲二号証の一)を差し入れた。
被告は、右契約に基づき、同月二二日、朝日無線、東急百貨店、デナフ、J・F・Cの四社が買い取った有価証券を原告大萩名義で代金合計七六億八九三七万七八四〇円(時価三五億八七五〇万円)で買い戻した。
(三) 被告は、前記(一)(二)を一体として九〇億円の資金枠で運用するとともに、原告大萩との間で、請求原因5記載のとおり、運用利率について合意した。
三 主位的請求について
1 右事実によれば、ことに従前の経緯(本件各取引は、平成二年四月二七日に開始された九〇億円の一任勘定取引が期限までに約定の利回りを達成できなかったため、疎開により約定の利回りを達成して一旦終了させた上、疎開した有価証券を買い戻して新たに開始した取引である。)、本件各取引に対し、被告から原告阪和に差し入れられた「資金運用の提案」と題する書面(甲一号証の一、甲二号証の一)の内容(一任勘定であることが明示され、しかも期間満了時に約定の元利金の支払を確約している。)、本件取引に際し、約定の利率が疎開前の八・七五パーセントから八・八パーセント以上に上昇していること、右運用利率について短期間に見直しを行っていることに照らせば、本件各取引が利回り保証約束のされた一任勘定取引であることは明らかである。
2 そこで、右利回り保証約束の効力について検討するに、前叙のとおり、平成元年一二月以降の損失保証約束は公序に反し無効というべきであるから、平成三年四月に行われた本件各取引は無効といわざるを得ない。
3 もっとも、原告大萩は、本件各取引は、形式的には平成三年四月に新規に締結されているが、実質的には平成元年四月に開始された六〇億円に係る契約が延長されたものであり、右平成元年四月の時点では未だ損失保証が反社会性の強い行為であるとの社会的認識は存在していなかったと主張する。
しかしながら、平成元年四月に開始された取引が約定の利回りに達しなかったことから、その後、数次の疎開を経て、最終的に本件各取引に至ったことは前叙のとおりであり、疎開により従前の契約を約定の利回りを達成させて一旦終了させた上、新たに投資金額や利率について合意して取引を開始した以上、損失保証約束としては平成元年四月のそれとは別個のものと評価するほかなく、原告大萩の右主張は採用できない(原告大萩が本件各取引の際の利回り保証約束に基づいてその約定期間についての利回りを請求していることは明らかである。)。
四 予備的請求について
原告阪和が、昭和五八年ころから、積極的に財テク経営を押し進め、被告に対しても、財テクに対する貢献を強く求めていたこと、本件各取引及びそれに先立つ取引は、いずれも右財テクの一環として行われたものであること、原告阪和は右各取引につき被告の責任ある地位にある者による利回りを明記した書面の提出を要求し、差し入れさせていること、被告は、平成二年四月に開始された取引につき、原告阪和の北や由地から約定の利回りの履行を請求されたが、期限内に右利回りを達成できないことから、やむなく延長及び疎開を経て、本件各取引に至ったことは、前記認定のとおりである。
右事実関係の下においては、原告大萩の不法性に比し、被告の不法の程度がより強いと評価することはできないから、民法七〇八条の趣旨に照らして、被告には、原告大萩に対する不法行為に基づく損害賠償責任はないといわなければならない。
したがって、原告大萩の予備的請求も理由がない。
(結論)
以上によれば、原告らの各請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。